私の父は19歳で父親を亡くし、長男として家業の農業を継いで家族の為に必死で働いてきたと聞いています。しかし、農業だけでは将来の不安を感じていたらしく私が小学生の時に飲食店(焼肉屋)を創業し、昼間は畑仕事、夜は焼肉屋と必死で働いていました。そんな父の口癖は「人が喜んでくれるから必死でやれる。」その頃の私は、その意味が全く理解できませんでした。
私が治療業界に入ったのは29歳の時です。目的は自分と家族が裕福になるという自己中心的なものでした。8年間の修行後、37歳の時に満を持して、健やか整骨院を開院しましたが、患者さんは増えず不安で押し潰されそうな日々を過ごしました。藁をも掴む気持ちで、技術の習得と情報の収集に努め、ひたすら行動しました。その結果、少しずつ患者さんが増え、経営も上向きになっていきました。苦境を共に乗り越えてくれたスタッフや家族には感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、今の自分があるのは、患者様、スタッフ、家族、仲間の支えがあったからだと気付きました。何の為に仕事をするのか、何の為に生きるのかを自分自身に問いただし父の「人が喜んでくれるから必死でやれる」という言葉が湧きあがり、涙が止まらなくなりました。私の根幹はそこにあると確信しました。私のやるべきことは、患者やスタッフ家族の喜びを創造することです。